逃亡日誌

毒家庭からいきなり逃げ出しブラック企業も退職して人生目途が立たないわたしの逃走日記。

発達障害ですがフィクションの物語なんかは好きです。

たぶん、ああいうのって、大体その人の思考の中身について「答え」を提示してくれるから安心するし、圧倒的に足りない人との関わりを疑似的に体験することが出来るし、自分に対して何かを求められることがないから安全だからだと思います。

 

ただそこに存在しているだけで、ぼーっと立っていても、話しかけても、話を聞こうとしても、あらゆる挙動に不審や否定の目を向けられるプレッシャー。

それを感じることなく、主人公の、モノローグなどではっきりと明示された感情に焦点を絞って感情移入するだけで、他者との交流を僅かにしても疑似的に補給することが出来る。

 

病院に行った時に、診断の為のアンケートで「小説等は苦手か」という項目があったんですよね。あと、「登場人物の行動の理由がわからないことがあるか」という項目もありました。

 

つまり、登場人物の行動の理由や感情が明示されていないからストレスになるのではないか、という意味合いだったようですが。

 

行動理由がわからないことがあるかどうか、ということに関しては、そもそもいちいち登場人物の言動について全て把握しながら見ていることってあるのだろうか、いや、そういう質問なのかこれは、どうなんだろう、と大変迷いながら回答した覚えがあります。

 

そして、フィクションの物語の人物たちは、ある程度の行動原理に基づいて動いている。この人はこういう役割、この人はこういう役割、そしてここはこう動けば盛り上がる、という筋が通されている。

 

非常に残念なことに、ナチュラルな交流スキルを持たないわたしは、時々、そのような視点で行動をしてしまい、現実上でシナリオを組み立て演じようとしてしまい、最後には筋書をめちゃくちゃに潰されてパニックに陥ってしまった過去がある。