逃亡日誌

毒家庭からいきなり逃げ出しブラック企業も退職して人生目途が立たないわたしの逃走日記。

自分の中の男女差別問題について簡単で効果的かもしれないこと

色々と考えたりいろいろと見たり聞いたりした結果、やっぱり自分の中にも「無意識な差別」というものは存在しているし、一人一人の「無意識な差別」が寄り集まって差別が自然現象であるかのように蔓延しているのだろうな、と思ったので、自分でもできることを考えた。

 

主張したり、規制したりして、世界をがらりと変える力はないけれど、だからといって差別の本流に乗ってしまってはよくない。

 

まずは「女だから」「男だから」「女のくせに」「男のくせに」という言葉を使わない、というところから始めるのがよいのではないかな。

 

「女だから」感情の起伏が激しい

「女だから」色々なことに気づく

「男だから」料理ができない

「男だから」エロい

「女のくせに」部屋が汚い

「女のくせに」気が強い

「男のくせに」体力がない

「男のくせに」度胸がない

 

実際世の中に当たり前のように存在している言葉なので、真っ向からすべてを否定して批判してまわるのはお互いに疲れることだと思う。

まずは、ありとあらゆる状況において、自分が使わないこと、同調をしないこと。ここから気を付けていくことで、自分の中で「男女差別的考え方に対する自然な違和感」を育てていくことが大切なのかもしれないと思った。

 

実際、言葉にし、認識を共有していると、その空気感に慣れてしまう。

論理的に違和感がある、と感じていても、「でもそういうものだから」という思考停止の誘惑には抗えないし、抗い続けようとすれば疲弊し擦り切れる。

疲れずにできることがいい。

 

また、これは男女差別に限らず、本人が選んでそうしている属性以外に関しての「〇〇だから~」「〇〇のくせに~」という言葉をできるだけ使わないように心がけていきたいと思う。これは、否定する言葉だけではなく、肯定する言葉についてもそうだ。「〇〇だから」に対して肯定してしまうのは、その人個人にかけられるべき肯定を、その人個人から奪い取り属性に当ててしまうことになる。よいことはないと思う。

ただ、本人が選んでそうしている属性に関しては、また違う話になってくるのかな?

 

いや、「〇〇だから~」という言葉にも正当性があるケースはある、かな。「モンゴロイドだからお酒に弱い」とか、実際にそのことそのものが原因として起こる体質に関する説明なんかであれば、説明として「〇〇だから~」という言葉を使うのはあり、かな。

 

心構えの話。