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逃亡日誌

毒家庭からいきなり逃げ出しブラック企業も退職して人生目途が立たないわたしの逃走日記。

「なにしてるの」「どこにいくの」「だれにあうの」「なにしにいくの」

「なにしてるの」「どこにいくの」「だれにあうの」「なにしにいくの」

 

母や姉から向けられる、これらの質問が嫌だった。

 

<いやだと思った理由>

・どこに何をしに、という計画がなく、返答に困ることが多かった

*どこに行くか明確であれば聞かれなくても伝えている

・誰、と言われても共通の知り合いではない

→伝えると人間関係への干渉がひどかった

・「友達いたの!」という反応

・「彼氏?彼氏?」などという詮索

→上記2点を含む、「子供の成長を見守る」視線

  →行動をいちいち縛られているような気分になった

・それに伴う「見守り育てた功績」に酔っている顔

・なに、と言われても、相手の知らない内容であり説明が難しい

・あるいは行動を小ばかにして評価されることがあった

 

主に投げかけてくるのは母だった。

以下の会話がよく発生していた。

 

「ちょっと出かけてくる」

「どこにいくの?」

「なんで?」(とっさに聞いてしまい、しまった、と思う)

「なんで、じゃない!なんであんたはそうやってどうしてどうして聞くんだ!!理由がなくちゃ聞いちゃいけないのか!!!そういうところから会話が広がっていくんだろうが!!!ちゃんとコミュニケーションが取れないじゃないか!!!あんたがそんなんだから友達が出来ないんだ!!!」

「え、いや、何かついでに買って来るものがある、とかだったら寄って来るから聞こうと思って……」

「お前はいちいち理屈っぽいんだ!!!いいから聞かれたら聞かれたことに答えればいいんだよ!!」

 

というやり取りが多かった。

 

寄ってほしいところがあるのなら聞くよ、というのは本心であったので、この時、「特に決まってないけど、なんで?」と聞けばよかったのかもしれない。

ただ、後手にはなってしまったが、わたしは「なんで?」と聞いたことの理由を説明しているので、それを無視していることは、会話として一方的すぎるのではないかと思う。

いや、「特に決まってないけど、なんで?」と聞き返しても同じ反応をされたことがあった気がする。

 

考えていたら、段々と、わたしが悪いのかもしれない、という考え方になって胸の奥がもやもや苦しくなってきた。

けれど、わたしは、出かける目的が明確な時にはちゃんと「●●に行って来る」と伝えていたはずだ。言葉は下手だったにしても「ちょっと出かけてくる」というのは、「ちょっと出かけてくる」以外の何物でもなかったし、夜遅くなる時にはきちんと伝えていたので、つまり何も言っていないということは帰宅は夜にはならないのである。

理解しておいてくれ、と言ってしまうのは身勝手な常識的押し付けかもしれない。けれど、わかってくれるだろう、と思ってしまった勘違いのことについても、そんなに怒らないでほしいのだ。

 

何時に帰ってくるの、と聞かれて何故、と返したことはない。

誰と、と聞かれることに関してはとても困った。誰と言われても、あなたの知らない人だからだ。また、相手が男性であった場合、男性を含む複数であった場合の過剰反応はとても嫌いだ。友達と出かける、と言った時にも、「友達ができたのねぇえ~っ!」というリアクションをされて、とてもいやだった。

何をしているの、というのは、姉からよく聞かれたことだが、大体において、答えると「なにそれ楽しいの」「なにが楽しいの」と延々と鼻で笑われ続けたので嫌だった。