逃亡日誌

毒家庭からいきなり逃げ出しブラック企業も退職して人生目途が立たないわたしの逃走日記。

痴漢やセクハラを当事者として想像するときは「自分よりも力がありそうな相手」で想像した方が良い

たまに、男性が「それぐらいで騒ぐなよ。俺も女からエロい目で見られても気にしない」とか「もしも自分が痴女されたってそんなに騒がない」とか、そういう目線で話をされているのを見かけるけれど

 

「自分よりも力のありそうな」(抵抗できない可能性が高い・抵抗した場合逆上して殺されるかもしれない)相手から「君のことを性的にみているよ」とアピールされる状況を想像した方が良いと思う。

 

男女の差でいうと、圧倒的に、腕力で言えば男性が強い。

その感覚の差というのは計り知れない。

 

第一、「女性が男性をエロい目線で見る」ということと「男性が女性をエロい目線で見る」ということ、両者のイメージの差というか、「男はみんなエロい」という謎の同調圧力により、圧倒的に後者の方が広く許されており、オープンだ。

また、オープンであるがゆえに、「ブスが勘違いしてんじゃねぇよ」という言葉で警戒することさえ許さなかったり、「ブスでも女性器さえ付いていれば我慢してやる」なんていう非常にありがたくない事情によって、搾取自体からは逃れられなかったり。

つまりブスは襲われるだけ有難く思って警戒とかしてんじゃねーよ、みたいなことを平気でオープンにする人も結構いるわけで。

 

これが結構、見えてしまうと怖い。

もちろん、男性がみんなそうだ、とか、そういう考え方はしないけれど、一度意見が見えてしまうと、誰がそれを考えているのかということはわからない。

 

欲望があるということ自体は仕方がないけれど、それを直接向けられる可能性を、腕力のある相手から示唆されるのは、怖い。

予想以上に怖いと思う。