逃亡日誌

毒家庭からいきなり逃げ出しブラック企業も退職して人生目途が立たないわたしの逃走日記。

親が邪魔をしなければ子供は育つ

(金銭的支援や生命維持に関わる補助を度外視した話として)

親が邪魔をしなければ子供はある程度であれば自力で育つ

 

という説を考えていた。

これは、「親」だけではなく、周囲の環境全て、と言い換えた方が

適切だと思う。

それは、わたしがかつていた家族の中で「親に甘える何もできない子供」という役割を求められ続けた結果、順応してしまった、というところにある。

 

例えば、

恥ずかしい話だが、中学生になっても、「お母さんのお膝に

おいで❤」とやられていた。もちろん何度も拒否を示したが、

とにかく何度も何度も、強要されるのだ。

 

仕事に出かける母親に、心配をかけるまいと笑顔で見送った。

母からは「お母さんがいなくてもさみしくないの!」という、

ショックを受けた声と顔が帰ってきた。

わたしは、母親が出かけるたびにさみしそうな悲しそうな顔で

見送る演技をする、という習慣を身に着けた。

 

朝、一人で起きられるようになりたい、と、自発的に目覚ましをセット

し、「自分で起きるから明日から、遅刻ぎりぎりになってしまう、など危なくならなければ起こさないでほしい」と頼んだ時。

わたしは目覚ましで目覚めることができ、喜んだ。このまま自力で起きれるようにしようと思った。だが、数日経つと、目覚ましがなる1分前に母親が起こしに来るようになった。

次の日から目覚ましの時間を少し早めた。すると、「起きる時間早くしたんだ」と言い、更にその目覚ましの1分前に起こしに来るようになった。何度も繰り返され、わたしは諦めて目覚ましをセットしなくなった。

 

子供のころからずっと、まともな大人になることが出来ないのでは

ないかと思っていたわたしは、少しでも大人になれるように頑張って

いた。

それは、「大人になれなくて困るのは本人」だからだ。

危ないことをすることもあるが、まず、死にたくはないし怪我を

したくはないので、本人なりに考えている。

 

子供は、本能として、育とうとする力をもっている。

 

そのため、環境に順応し、各々勝手に育っていこうとする。

その結果、犯罪行為に手を出し、アウトローな成長をしようと

することもあるだろう。

 

その、望ましくない成長を邪魔する、というのが、実際のところ

一番大切なことなのではないか。

 

親は、「育てるために何かをする」というよりも(それもプラスα

で出来れば望ましいのだろうけれど)「本人が育つ」ことをいかに

邪魔しないようにしつつ守るか、ということが大切で、それは

とてもとても大変で難しいことなのではないかな、と思った。

 

なんていうことを、子供時代に子供側の意見として考えていた。

それは、大人が、大人になってしまうと子供時代の感覚を失って

しまうからであり、「大人はわかってくれない」ということであり

「子供は何を考えているかわからない」であり、それ故、子供時代に

子供側の意見をしっかりと考えてまとめておくこと、子供時代の感覚

を、できる限り鮮明に覚えておくことが大切だと思っていたことから

なんだけど。

 

気が付くと、子供時代の鮮明な感覚は、いつの間にか忘れてしまったし、それどころか、記憶があやうい。もっと覚えていたはずなのに。

 

それに、「自分が子育てをするときに、子供の頃に考えた視点と

大人になってから考える道理を結び付けるために役立てよう」と

思っていたけど、今となっては自分が子供を育てることになると

いう状況は恐らくほぼないだろう。

未来のことは何事も断言できないけれど。

 

覚えていること、新たに考えたことだけでも、書ける時に書いていく。