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逃亡日誌

毒家庭からいきなり逃げ出しブラック企業も退職して人生目途が立たないわたしの逃走日記。

【不平等恐怖症】お前ばっかりずるい、と言われ続けた話

最近気づいたことの一つに、自分が不平等恐怖症とでもいえるような、不平等な事柄に対する過剰な不安がある。

 

私は末子だ。

昔から、「●●ばかりずるい」と、あれこれ言われてきた。

「何が食べたい?」「●●にばかり聞いてずるい」

「何が欲しい?」「●●ばかりずるい」

「いい点が取れて偉いわね」「●●ばかり褒められてずるい」

 

わたしにはやがて、希望を聞かれても「なんでもいい」「いらない」と即答をする癖がつき、周りの誰かよりも褒められる、という状況に恐怖を覚えるようになった。

 

果ては

「●●ばかり二重でずるい」

「●●ばかりかわいい名前でずるい」

 

ずるい、ずるい、と言われ続けた。

 

だからなのだろう。平等でないことに、過剰に敏感になっている。

平等かどうか、いちいち考えてしまう。不自然に。

例えば、複数人と交流をする際、交流の度合いだとか、褒め方だとか、そういったことをいちいち気にしてしまう。

平等、あるいは、わたしが一番貧乏くじを引く状況にしなければならないと、そうでなければ自分勝手で不平等として嫌われるのだ、というような強迫観念が、無意識の中に組み込まれている。

 

姉妹にかかわる毒家庭の話を検索すると、いつも「妹ばかりかわいがられた」という、妹への憎悪ばかりが目に付く。

妹という存在として生まれたことに、罪悪感が沸く。

 

同時に、そんなに、ずるい、ずるい、と、わたしを責めていた姉たちだが、わたしから見て、ずるい、と思う部分も多々ある。

 

大きくひっかかっているのは、

わたしは大学に行けていないのだ。

 

お金がないから、大学に行かずに就職をしてほしい、と言われた。

 

だが、姉たちは二人とも短大を出ている。

特に、上の姉に関しては、学力が足りず、

費用の掛かる私立の高校を出て、私立の短大を出て、

就職まで、親戚のコネを使ってしまった。

ずるい。と、思ってしまう。

(同時に、コネと言われることに悩んでいたことも思い出し、

ずるい、と思ってしまうことへの罪悪感にさいなまれる。)

 

それに、子供のころの映像を見ても、動物園、水族館、家族旅行

わたしは幼い頃から片親なので、そんなものはほとんど記憶にない。

うらやましい。と、思ってしまう。

(同時に、成長してから家庭環境が急に変わり、状況把握を

要求されて苦しんだということも知っている。うらやましい、

と思ってしまうことへの罪悪感にさいなまれる。)

 

わたしがずるいのだろうか。

いや、そうじゃない。そうじゃないと思うんだ。

 

そうじゃないと思いたい。

 

下の姉は、何故かあまりかわいがられていなかったらしい。

よくある話だ。姉ばかりに気を払って、妹ばかりかわいがって、

真ん中の子がほったらかされる。

つまりわたしがいなければ下の姉が、ほしくてたまらなかった

愛情を受けることができたのではないだろうか。

あの家に末子がいなければ、もう少しはマシだったのだろうか。

そんなことを何度か思った。

 

関わる相手が多いほど、常に完璧に平等にするのは不可能になる。

平等が出来ないのであればわたしが消えるか、初めから一人に

しか関わらないか。

 

歪んでいる。とても生き辛いし、平等、平等、といちいち考えて計算をしながらかかわろうとするのはなんだか失礼なように思う。