逃亡日誌

毒家庭からいきなり逃げ出しブラック企業も退職して人生目途が立たないわたしの逃走日記。

「母親と同じであることが正義」であった幼少期

思えば、幼少期、「お母さんもそうだったのよ。」「お母さんと一緒ね。」と母親から言われるたびに、何か安心感のようなものを感じていた。

それと同時に、怒られるときに「お父さんそっくり!!」「やっぱりあいつの子だ!!」などと言われると、のどをかきむしって体中の血液を輩出して死んでしまえたらなどと妄想をするぐらいには嫌悪を感じた。

何を言っても聞いてもらえず、苦しくて、気にして心配してほしくて、自分で自分の頭を壁にぶつけた時など「お父さんそっくりで頭がおかしい!!」とののしられた。

父親、病んでたの?

父親がいなくなったのは幼稚園児の頃のことだ。

それに、そんなこんなで母親は父親への憎悪ばかりを植え付けてきたから、わたしはただひたすらに父親を憎悪し、嫌悪し、存在をなかったことにしていた。

だからこそ、まるで覚えていないし、思い出そうとするといまだに吐き気がする。

どうやら外に女を作って出て行った、ということは確かなようだが、それ以上のことは知らない。

 

夜寝る時になると、脚がむずむずしてたまらなくなる。幼少期、それを言ったら、「お母さんも昔そうだったのよ。」と言われた。

その時に感じていた、「母親との共通点が多いということに対する安心感と優越感」のようなものには、今思うとひどく気味の悪い恐怖を感じる。

わたしは姉たちと比べて母親に似ている部分が多い。

だからいい子なんだ。

 

姉たちも、よく「誰に似たの!!」「お父さんそっくり!!」「そんなにお父さんがいいか!!!」などと怒鳴られていた。

 

あの頃のあの家では、母親と同じであることが正義だった。

 

思えば、その後もその癖はわたしに染みついている。

姉が成長し、力と財力を得ると、今度は姉と同じであることが正義になった。姉の好きなものを好きであること。姉の嫌いなものを嫌いであること。

 

わたしはどこだ。

未だわからない。