逃亡日誌

毒家庭からいきなり逃げ出しブラック企業も退職して人生目途が立たないわたしの逃走日記。

ムキになって見える「○○は○○と同じなんだから~~しろ!」

女性性の性的消費に関する問題で表現の自由とかち合うシーンをよく見かけるなぁと思う。

そして同時に、じゃあ○○は規制しないのか!という声もよく見かけるような気がする。

 

性的消費の話についてではないけれど、「電車内での化粧は痴漢行為と同じ迷惑行為だ!」という主張を見かけたのだけれど、比較をする必要性は全くないのではないかと思う。

比較をする必要性がない上に、比較対象としては不釣り合いでは?

痴漢行為は実際に触れて、直接害を与える行為であり、迷惑と言う次元ではなく犯罪です。

比較するのであれば、個人的には、社内での酒盛り、を比較対象にしたい。基本的には直接触れるというわけではないが、飛散の危険性や臭気、空間の占拠、迷惑ではあるものの犯罪とまでは言えず、各々我慢を強いられている、といった面ではこちらが該当するのでは。

 

先述の主張の比較は、なんというか、何のために比較したのかが明確ではないと思う。

例え話として、目線を変えてもらうための比較であったようにも見えない。

だからなのか、「こっちばっかり規制されて悪者扱いされてるけどお前らだって悪いじゃないか!!」とでもいうように、ムキになっているように見えてしまう。

 

元々電車にも乗らないし化粧もしないが、他の人の意見を読んで(粉が飛ぶ・電車の揺れでぐらついて化粧をつけられるかもしれないと思うと恐怖)実際電車内での化粧はよくないなぁ、ととても納得しただけに、何かを指摘するときに、「○○だってこうじゃん!!」という言い方をしてしまうのは、主張を著しく弱めてしまうのだなあ、と感じた。

 

問題について考えるときに、問題から反れた批判をくっつけてはいけない。

 

自分に置き換えて考えると、化粧やストッキングの着用について「女性がそれをすることはマナーとしての義務だといわれている」という問題を考えるとき、ついつい「男性はしなくてもいい、というのは不平等だ。男性も化粧とストッキング着用を義務付けられてみればいい」という考え方をしてしまう。

これは問題の本質を失っているし、もし男女共に化粧、ストッキングを義務付けられたとして、自分が嫌だなあ、と思っていることは何一つとして取り除かれない。

それどころか「平等なんだから文句を言うな」で終わってしまう。

 

一つの問題を考えるとき、別の問題点をつつこうと欲を張ってしまってはいけないなあ、という話。

 

あと、化粧とストッキングはつらい。タイムマシンに乗って、ストッキングを開発した人を背後から記憶失うぐらい殴りたいぐらいつらい。いや、それは言い過ぎたけれど。何故あんなに、履くと靴の中で滑って靴擦れを誘発する機能性のない、破けやすい、しかも素足に見える(そもそも何故素足風にする必要性が?)代物をはかなければならないのか。