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逃亡日誌

毒家庭からいきなり逃げ出しブラック企業も退職して人生目途が立たないわたしの逃走日記。

うな子動画問題について

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ウナギ少女動画に関することで思うところがあったので、今日は時間をかけてまとめてみようと思う。

 

まず、動画の感想としては、実際に見たらそんなにひどいと感じなかった。ただ、色々と読んでいると、ひどいと感じないこと自体が結構問題なのかもしれないと思った。

 

・少女から、養って、という言葉

→女性は養われるものという価値観が浸透しすぎている?

・養殖ウナギはほとんどが雄なのに少女に変換

→そもそも美少女に変換という表現が当たり前にされすぎている?→男性視点の優位性が強すぎるのでは?

・女性の水着や露出表現が多すぎる

→確かに美しいが、女性のみ水着という表現も当たり前とされすぎでは?

・男性が「飼育」している

→「年頃の若い娘を男性が飼育」普通に絵面がまずい。水着のくだりもしかり、男性が画面に映っていないのでごまかされるが。何故男性が飼育してはいけないのか、それこそ差別では?という点については後述【じゃあ男だったらいいのか】に含む。

・飼育員が同性では駄目だろうか

→これは妄想に過ぎないのでうーん、だが、もし、男性が男性を飼う表現であった場合、少なくともネット上ではゲイを連想する人が多いのでは?その場合、潜在的には性的に見ていたものの、「自然だから」見過ごされていただけでは?

 

【じゃあ男だったらいいのか】

確かに、男であれば問題になる可能性は低かっただろう。

 

それは、「男ならどんな扱いでもいい」のではなく、「男は性的な視点で観られる可能性が低い」からである。

 

・男だって性的に見られるリスクはあるのに無視をするのか。だから男性の性犯罪被害者は無視されやすい。

→「男ならこんな扱い方をしてもいいという主張は差別だ」と思う扱い方を女にしてもいいと思っているのは差別では?

 

まず、大前提として「男はエロい」が社会的に正当化されており、逆に、エロくない男は変態扱いをされることすらあるということ。対象を性的な目でみることは必然とされている。

また、その対象は当然、ほとんどの場合女性であるとされている。

 

逆に、女は相手を性的に見ることを社会的に否定され、恥としているし、「エロい女」というレッテルは「だから性的な扱いは仕方がない」という拡大解釈の危険性をはらむ。

 

つまり「若い女は性的に見られるのが当たり前」だが「男を性的に見るのは変態だけ」という土壌がある。

また、それもあって、男性でこのような映像にする際は、そもそも性的要素を一切排除するように、性的魅力のない人物が起用され、ギャグっぽさが演出されることが多いのでは。

 

実際「男なら」という意見のほとんどは、「きもいおっさん」や「むきむきマッチョ」など、少女の時とまるで方向性の違う案を出している。

 

山〇涼介あたりが起用されて同じ内容で作られていたら、今回と同じようなバッシングが起こるだろう。

 

また、「夜の女性の一人歩き」が危険な理由や、「安易に男と密室で二人きりになるのが危険な理由」に思いを馳せてほしい。

 

男は、いざとなれば腕力で絶対的に女をねじ伏せられるのだ。

くわえて、男性による「女児監禁事件」などは実際に存在し、「女性飼育」という響きはポルノに直結する。

 

【別に卑猥じゃないのに、卑猥に見るほうが卑猥】

【男女差別っていちいち騒ぎすぎ】

1.プールで水着で泳ぐのは普通だが、プールから出ているときも一日中、寝る時まで水着で過ごす、というのは一般的な水着のありかたではない。

2.例えば性的被害に遭っている人はこういったことに過敏になりがちである。

3.男女差別に苦しむ人の多い鹿児島という下地。

 

ウナギを擬人化した水着姿の美少女を男性が一年間プールで飼育する

 

字面は絶対的にまずい。

 

【表現の弾圧である】

この映像はそもそも表現のための作品ではないのでは。

PRって、世間受けを気にせず芸術的に作品を表現する場だろうか。映像作品としてすばらしい、ということと、今回の問題は別次元にある。

 

例えば少し昔、小さなお菓子を少女たちが口移しでリレーするというCMが問題になったが、あれと同じことだろう。

例えば、あの口移しリレーが「そもそもそういう映像として作られた」のであれば、嫌悪を感じる人はいても、廃止しろと凶弾してはいけないだろう。

そういえば、あれも美少女たちによるものだった。

 

【動画そのものよりも、それに対する意見が差別的?】

ここまでいろいろと考えてはみたものの、わたし自身が最初にこの件を知った記事が批判的だったので、第一印象にひきずられている可能性はある。

ただ、動画の批判に対する批判として、見るに堪えない差別語も多く見かけたし、「美少女を飼う男」の男女反転させて話す際に「キモ男を飼う美女」と構図をスライドする意見も多かった。

 

何か違和感は感じるが、「これが普通の考え方だ」と集団に凶弾されてしまうと、流されてしまいそうになる。

違和感をきちんと見つめ、自分なりに考えること。

時々「自分こそ差別的になっていないか」疑うこと。

間違っていたと思ったら改めて自分の考えとして考え直して構築をして、きちんとごめんなさいが言えること。

差別問題を考えるときには気を付けたいところです。